絶世

重複精神障害の闘病と日常と幻想を綴る

穏やかな夢

おはようございます。さいきです。

 

先日、親友が結婚致しました。

真っ直ぐ品行方正に進んで来た年齢の若者にしては早い結婚でありました。

 

彼女とは幼い頃からいつも二人三脚。

それは私が普通の子とは少し違う要素を持っているということが大きく影響していたでしょう。

 

彼女は1日のうちに声を聞くか聞かないかくらいのシャイで、私はどこか影のある馴染もうと必死だけど浮いているような少女でした。

 

夢はあるけど、言葉にできない。

お家と性格の都合上、規則を守りながらも自由に遊びたい。そんな上に出来上がった我らの友情でございました。

 

彼女のお家は小さくとも平凡で平和でございましたし自由もありましたけれども、彼女は根っからの大人しい子でありました。

 

私はお家は立派だが、家の中は荒れ果て、笑顔で取り繕うことが使命でした。学校では馴染み、家でも言うことを効き、その時その時で異なる自分を演じることを求められました。

 

固い規則の中で出会ったのが彼女でした。空気を読むことをしなくても済み、ルールを破る事をお互い良しとはせず、同年代のノリと強制から2人だけ少し外れながら世界を築いて育っていったのです。

 

私にとって、家族とは何かあれば裏切るような、条件付きの愛情を頂く場でした。私が初めて愛情に条件がつかないことを学んだのは彼女でありました。「私が私である限り、何があっても裏切らないだろう」という安心感を他人の彼女が教えてくれました。これは他人には異質に見えたことでしょうけれども、私にとっては他人の意見などどうでもいいくらい人生において大きな事でした。

 

学生時代特有の依存感覚は今は切り離せど、大切な人に変わりはありません。

私が選べなかった歩まなかった人生を彼女が見せてくれます。そして疑似体験させてくれるような気がするのです。

 

いつの間にか私は必然のように息苦しい世界に生きることとなりました。普通を求めただけだったけど、それが手に入るとは到底思えない道を歩んでいます。

 

「すぐに希望を諦めるな」と仰ってくださる人こそあれど、それほどまでに難しいことが多く積まれております。

 

特別を望んでいなくとも、特殊な人生を歩んでいるのです。日々の嫌気や止まりたくなる衝動のたびに、私は彼女を通して普通の人生を見て安らぎを得るのです。

 

人が病気によって変化していくのを見て、いくら人に迷惑をかけずとも奇異だと離れていかなかったのは彼女だけでした。親ですら振り向かなかった。手を貸してくれなかった。 

 

夢のような結婚式を終え、無事に彼女は新居に引っ越します。

その結婚式を見て、私も運が良ければいつか、と思いながら美しい画像を集めるのです。いつかがなくとももう諦められるほどに美しいものを見せて頂けたのですが。

 

 

果たして、普通というものになるために、私に足りないものは何でしょう。

 

害を及ぼさない人と愛し愛され共に支えながら歩んでいくことの大切さと何より難しさが身体に染み付いています。

 

衣食住に困らず、凡ゆる暴力がない穏やかな家庭を築くことが、いつの時代でも私の夢として君臨するのです。

 

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