絶世

重複精神障害の闘病と日常と幻想を綴る

春よ来い

おはようございます。さいきです。

 

 

長年、「春よ来い」と言うのは、今の時期でした。実家の方はまだ桜は咲いていないそう。

 

電車内にはお着物の女性達がいらっしゃって、それは綺麗です。小さな小物まで、着物は奥が深そうですね。

 

そんな横で私は、ホワイトニットにブラックスカート、ソックスにニューバランス、髪も顔もすっぴんで、久しぶりに休日に電車に揺られています。

 

いつも通りなのは腕時計とネックレスとパールピアスくらい。

 

しっかりお化粧して着飾るのが外出だと思っていた頃から一年でこういう休日が送れるようになったことを感慨深く思います。

 

外出も出来ない、家で只管寝て自己嫌悪に陥るのを何度も繰り返してきました。

休日にもオンオフの微妙なスイッチがあって、オフの中のオフを作ることで緩い休日というのが送れるのかもしれない。

 

休日というのはハイヒールの日だと思ってきました。その前までは毎日がハイヒールの日でした。

 

その私がハイヒールの日を逆に休日にして、見た目で目立つことを極力避けるようにし、職場では職場の地味な装いに徹し、影をなるべく潜めます。

なのでスニーカーの日は今や、お仕事のことを指していました。

 

休日のハイヒールの日はそれはそれはレベルの高いもので、1週間分がぎゅっと凝縮され、疲れた私には準備が難しく、この一年休日は寝込んでばかりでした。

そしてループする何も出来なかったことへの自己嫌悪。

 

今日初めて、1人の外出の感覚が掴めた気がします。シンプルな装いで、楽なことだけを意識して選ぶ。ふと街の全身鏡を見て「こんな自分もいいかもしれない」と思えました。

 

しかし案の定、休日の力の抜き方がまだまだ不慣れで、ネイルサロンの予定時刻に間に合わないので、大幅にズラす羽目になっております。

 

知人との待ち合わせにも加減がわからず何度も遅刻しています。

 

「これは休日である」とするだけで、

精密機械のように時間に厳しくぴったり動けていた今迄と違い、この一年でこれまた極端性を使って、"遅刻"をするようになりました。

 

未だに何度やっても上手くいきません。

 

これでオンにしてしまったらお仕事になってしまい休日の意味がない。

でも時間の仕様はオンである。

身体と頭がちぐはぐになります。

 

毎日毎日が本番で本気で家の中でさえお外と同じだと思っていた一年前迄の私。

 

こんなミスはありませんでした。

毎日を家の中まで機械のように動いていました。気を抜くときなんてなかった。

 

頑張っているのに約束時間に間に合わない。

加減が分からない。

薬の副作用の眠気が襲ってくる。

 

みんなはどうやってるの?と思っても、こんな初歩的なことは、皆自然と出来ていて、説明するほど分析なんてしていなくて、教えて貰うことは出来ないのです。

 

失敗しながら今迄のようにゆっくりと掴んでいくしかないのかな。

 

皆様、ご迷惑をおかけします。

普通な人のようになるには、もっともっと時間がかかりそうです。

 

 

春はあけぼの。

やうやう白くなりゆく山際、

少し明かりて、

紫だちたる雲の

細くたなびきたる。